ジョジョ1.5 PART:1-1


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 いつになく深い眠りのなかで、それでも確かに目は覚めていた。意識は明晰なのだけど、身動き一つできはしない。それはこれが夢だと知っていて、なお目覚めぬときにはよくあることで、わたしは幼い頃より、しばしばこの夢を見ていた。だから、この時もまた驚きはせず、ただこの夢という夢にしてはあまりにも現実感がある、なんだか奇妙な感触のなかに身を委ねていた。身動きがとれないのは、そもそも身体が動くことを拒絶していることもあるのだけど、明らかに今、眠っている場所はわたしがかつて母とともに住まっていたアメリカ東部の質素なロッジでも、また今現在、過ごすロンドンのフラットの一室でもないことに由来している。
 身体のうち唯一、わずかなりとも機能するのは首から上だけで、ぐるりと目の玉をめぐらせると、やはりここは時として夢見る、あのひどく狭い箱のような、そう、それこそ棺桶のなかにでもいるのだろう、ということが分かった。手足の感覚はもとより、首から下の感覚一切が存在しない今、視界の他に頼れるのは嗅覚と、後は聴覚ぐらいだった。
 そういえば、枯れたおがくずの匂いと褪せた布切れの匂い、すえた糞尿が鼻をひくつかせるぐらいだろうか。それから、鉄の匂い。乾ききって、錆びついた金属臭。これらが漂っていることに今、初めて気付いた。こんなことはこの十数年間、今までにないことであった。
 さらに感覚を研ぎ澄ませると、なにやら音が蠢いていると知った。
 ゴ、オ、オォと延々と続く耳鳴りのような震動、それは両手で耳に覆ったときに聞こえる音のようだ。これは深い、深い、底知れないところで巡廻する潮流の音であることを知った。
 ……知った?
 どうやって?
 分からなかった。ただ、身体が直感的に訴えかけてきたのだ。このままならない肉体が、肉体の記憶が告げた。そして、体感的にわたしは理解したのだ。
 ここが海の底であって、やはり『わたし』は棺桶に閉じ込められているのだ、と。
 奪うべきものを求めて乗りこんだ船だったが、求めたものを奪ったまさにその時、火に包まれて沈み、水に囲まれて堕ち、新世界と旧体制の狭間にある大西洋の奥深くにて、今や封印されているにも等しいのだと。そして、長い時をかけて、ついには奪いとり――なにを?――再び十全となるべく、これより長い、ひどく長い眠りにつくのだと。いつか再び、月の夜を望むために。灰より出でて、あの憎い日の下に浮上するために。
 眠るのだ。
 そうだ。おれは知っている。
 と、声―…咽喉の潰れきった声。そして、動かなかったはずの身体がわずかにたじろいで、ひゅーひゅーと風鳴り音がどこからともなく。
 知っているぞ。
 ここがどこか。
 おれが誰か。
 だが、『お前』は誰なのだ? ――わたし?――
 声はなお問う。潰れきっていた声は、今はもうかすれ声ぐらいになっている。
 『お前はなぜここでおれの声を聞いている? おれを知っているのか? このおれを? この……ならば……ならば、お前は……』
 ……わたしは――
 答えるよりも早く、声の主が遠のいていく。
「――お前は……」
 
 そして、わたしは夢を見る。
 夢の、また夢。 
 そのなかでわたしは声を聞く。いや、声だけではなかった。声だけがあったわけではない。そこには、大量の蝋燭が灯る光も、豊かな楽曲の調べも、「食い物」もあった。完全に自由になる身体も、だ。
 あの時、得られるすべてがその場にあったのだ。
 おれは知っている。

 大広間。階下で乱痴気騒ぎ立てる手下どもを尻目にして、静寂漂う大テーブルにて正対するのはジプシー女。質素なローブに身を包んだ色の黒い肌の、まさしく魔術的な女が、テーブルの上に広げた数十枚のカードを器用に操り始めたのをおれは興味深く眺めている。しかし、その実、カードではなく、その繊細な手先にこそ、おれは魅入られていた。ほっそりとした指と手つきは優美ですらある。だからというわけではないが、この女を食す予定は今のところなかった。女はおれにこう嘯いたからだ。
 これより示されるカードこそがおれの『運命』になる、と。
 机に置いたカードをジプシー女が静かに引こうとして、その寸前、手をとめる。
「どうした? 今から怖くなったのか?」
 鼻で笑ったおれに向かって、恐れた様子もなく女は言った。
「いいえ。『運命』の前では皆、平等ですから」
 それから、柔和に笑うと、
「ただ、吸血鬼の運命を占うロマがこれから現れるのかどうか、とふと思いまして」
 とぼけた調子の女に、内心で含み笑う。しかし、外面はあくまでも冷たい眼差しのまま、突き放すように、
「いずれにせよ、おれは長い年月を生きるぞ。そう考えれば、お前の云う『運命』とやらは人間とおれとの間で平等ではないことが分かるはずだ」
「なるほど。確かに人間は何百年と生きられない」
「そうだ。それから、言葉には気をつけろ。今はお前の話に乗ってやっているが、ひとたびおれの機嫌を損ねれば――」
 花瓶から一本の薔薇を抜き取ると、その熱をあっという間に奪ってやった。薄く白い氷の膜が薔薇を覆っていて内部の水分までも凝固している。たいして力もいれないで花弁を握ってやると、薔薇は小気味よい音をたててテーブルの上に砕け散った。残った茎は適当に投げ棄てると、石床にあたって、パリン、と音をたてた。
「こうするのは、簡単だ」
 しかし、それでもジプシー女の表情は澄み切ったままで、
「では、始めましょう。知りたいことはなんでしょうか?」
 カードの表面に指でわずかばかり触れながら、おれの顔を見据える。
DIO様」
 こうして、占いと対話の一夜が始まったのだ。