第二回『武装錬金(1〓8) 漫画 和月伸宏 〓あっちでドキドキ、こっちでハラハラ〓 』

  • あらすじ


 あるところにとてもとてもアメコミが好きな少年漫画家がいました。その漫画家の本質ははとてもネクラで邪悪で暗黒だったのですが、なにをとちくるったのか美形のおにいさんたちが殴ったり切ったり殺したり刺したりする殺伐とした明治伝奇漫画を書いて大ブレイクしました。その連載が終わると、彼はそれまでの方針をあっさり捨て去って、次は純正の少年漫画を書こうとしました。ところが、これはまったくさっぱり盛り上がらず、あっさりと打ち切られてしまいました。
「次こそは! 次こそは!」
 漫画家はさらなる挑戦を持ち出します。それは純正の少年漫画と彼のネクラで邪悪で暗黒な本質がヤバイ感じでミックスされた漫画です。果たして漫画家がヤケになったのかどうかは知りませんが、途中からハッチャケ度が上がり始め、いつの間にか魔女の釜戸でぐつぐつ煮たかのような「真剣にバカをやる」という展開を歩み始めた連載は大多数の「え? マジで?」という困惑と極少数の大絶賛を受けて、ついには打ち切られましたとさ。

  • 解説


 えー、なぜか物語のあらすじではなく、作品そのもののあらすじになってしまいましたが、それがこの漫画の本質なので、おおむねオッケーです。
 そう。この漫画はお祭りのような漫画なのです。
 この漫画の主人公は、劇中の人物の誰でもなく、「読者と作者」だからです。それにつき、この漫画は単なる「場」にすぎず、これを介して、打ち切りギリギリのラインにハラハラしながら、涙ぐましい努力をする作者とジャンプ内の順位に一喜一憂するファンと面白がってそれをあれこれネタにする人たちとがどんちゃん騒ぐのです。
 さて、そんな楽しみ方は一体、何に起因するかと言いますと……まあ、正直なところ、この漫画は単体としては、それほど良い作品ではない、ということからでしょうか。
 物語全体としてこの漫画を見た場合、あまり褒められる部分は少ないです。
 ストーリーの先はだいたい読めてしまうし、かといってテンポが良いわけでもなく、展開は常に間延びしているし、という具合に、ストーリーとしてのインパクトはいまいちでした。それが結果として打ち切りの遠因ともなったのですが、ストーリーに明らかに問題があるのに、八巻ももちました。はっきり言って、この漫画をストーリーとしてみれば、2,3巻で打ち切られていてもおかしくなかったと思われます。
 しかし、なんだかんだで八巻まで持ちこたえました。
 それはなぜか?
 この漫画の真価はストーリーそのものではないからなのです。

 ……ところで、武装錬金の魅力とはなんでしょうか? 僕が思うに、それは「キャラクタのいじりやすさ」なのです。ネットの漫画感想、二次創作、オタク系のサイトをうろつけばキャラクタを切り貼りして色んなネタを作っていることが一目瞭然となります。
 つまるところ、この漫画は要素のみを抜き出せば、ものすごく光っているということになるのです。
 例えば、主人公、武藤カズキ。僕はこの主人公の一本槍な性格にまつわる話に限れば、「武装錬金」は少年漫画として近年稀に見るほど傑出していたと思います。
 どこまでも真っ直ぐな主人公の信念を細かいエピソードを執拗に、しかしさりげなく積み重ねていたのです。だから、カズキの言動にはものすごく説得力がありました。そして彼が怒り猛った時の能力の解放時には凄まじいほどの迫力を見せてくれます。
 ただ残念なことに、カズキはカンペキな優等生キャラゆえに非常に「いじりにくく」、結果として毒にも薬にもならない存在となってしまいました。そういう主人公がどんなにがんばっても、そもそもストーリーがいまいちなので、結局、武装錬金の面白さを語るには不十分です。また、メインの敵キャラも同じように「いじりにくい」キャラでした(これに関しては後述)。
 ゆえに、武装錬金の真骨頂は、あくまで脇役だということになります。そして、脇役は期待通りにぶっ飛んでいる変人ばかりです。
 まずやはり斗貴子の苛烈な言動が目立ちます。そして、剛太の見事な三枚目っぷり。ブラボーのダサカッコよさ。こうしてメインを張る味方キャラだけで非常に濃いです。
 また捨てキャラである敵役も捨てがたいです。蝶野爆爵、ムーンフェイス、桜花秋水。中でも、パピヨンのぶっ飛びぷりは作者自身が深いところでトレースされているためか、非常に個性的で「いるだけでおもしろい存在」に仕上がっています。
 そんな彼らが縦横無尽に駆け回るとき、武装錬金は尋常ではないほど輝き、その週の話は否が応にも面白くなります。当然、ネットでもすごく騒がれて、その週の登場キャラによる二次創作の嵐が吹き荒れます。
 ところが、これらの脇役達が出張っているサブストーリーが終わり、メインストーリーが始まると途端に物語の輝きは失われてしまいます。これは大筋にキャラを牽引する力が不足していることから起こる事態です。
 僕が、この漫画の選択肢として明らかに失敗したなとはっきり感じたのは、終盤で始まったヴィクターの過去編の時。メインの敵、最強の存在であるヴィクターもまたカズキと同じように「いじりにくい」キャラです。ワンアンドオンリーの存在であり、総じて無口。しかも、それまでしっかりと描写を重ねてきた主人公と異なり、ヴィクター自身のキャラ背景はほとんど描かれておらず、キャラ立ちが圧倒的に弱かったことも災いしました。これが結局、「脇キャラは面白いが、ヴィクターはつまらない」状態を招き、メインストーリーの弱点に繋がっていきます。
 そして多分、作者もその状態を看過できずに、お得意である悲劇の過去を投入してヴィクターのキャラ立てを図ったのですが、時すでに遅し。そのまま結局、打ち切り街道一直線になってしまいました。


 結局、この漫画の敗因とは、メインの二人のいじりにくさ。そして、ストーリーが純正の少年漫画なのか濃いマニア向けなのかで迷走し、間口が狭くなって新規読者層の獲得が難しくなり、マニアックな読者しかついてこれなくなってしまったことなのでしょう。
 そして、そんな読者達と作者とが無意識の共犯意識をもって、どんちゃん騒ぎまくったのが、武装錬金という作品の不幸な点でもあり、幸福な点でもあったのかもしれません。
 

  • 雑感
  • 個人的には「武装錬金」は次回作への試金石だったと思ってる。
    • その意味で、作品の方向性を審美眼に富んだマニアに向けたのは正解だったと思う。
    • るろうに剣心の頃は単に元ネタばらしだった欄外が、技法の是非についての話になっている点とかからなんとなくそんな気がした。
    • いや、まあ、もちろん、ある種の作者の照れ隠しとかエクシュキューズなのかもしれんけど、でも、カズキ絡みの魅せ方とかはほんと絶品だったしなぁ。カズキかっこいいよカズキ。
  • 以上。上に収まりきらなかった考えをテキトーに書いてみた。
  • ていうわけで、最後はアレで締めることに。
  • 和月伸宏先生の次回作に期待しています!』
    • いや、まあ、夏増刊号での完結もあるけどさ、個人的にはそーいうのは蛇足だと思ってたりするんで。