ツンデレその本質とは。


 さてツンデレが現在、オタク業界を席巻しとるのは、ツンデレが対人関係における「ギャップ萌え」を明確に類型化して、強調したものだからです。
 ギャップ萌えちゅーのは、例えば、「あらゆる面でパーフェクトなお嬢様が下々の食す、ラーメン等を食べる時、キテレツな行動をとる」とか「不良のあいつが雨の中で子猫を抱いている」とかそーいうものです。
 ギャップ萌えの多くは「あくまで衆目の前に解放された、しかし予期しないシチュエーションを見出すこと」に限定されているのですが、ツンデレの場合は、それが「私とあなたにだけにある、通常では予期しないシチュエーション」という形にさらに狭く定義されています。
 つまり、「こいつがこうなるのは俺の前だけだぜ」という優越感に浸ることができるのです。
 これは発見の快感というよりはむしろ支配の快感で、発見の快感はそもそもの原因が能動的であることを求められるのですが、支配の快感は受動的です。
(なお能動的、受動的というのはこの場合、「それを観測する人物の意外な一面を知ってしまった」というアクションの多寡によって区別されている、ぐらいの意味です)
 つまり、主観的人物(多くの場合は物語の主人公)が目撃する特定人物の特定された状況の特定された行動によって得られるギャップ萌えと、何一つ行動しなくても、ただそこに「私とあなた」がいるだけで成立するツンデレは、要するに対人関係の非常に気楽な状態であります。
 思考停止、ともいえるかもしれません。
 なにせどんなアクションを取ったとしてもツンデレはその行動を否定せず、むしろ積極的に肯定してくれるのですから。つまり、自我への他者の意思の介在余地がない、自己批判がないこの状態は、「あなたは私の為すがまま」ってな感じで、従来のキャラ萌えと同じぐらいに虚構性が非常に強いのです。
 ただツンデレツンデレたらしめている最たる要因として、従来のキャラ萌えと違うのは、ツンデレはツン→デレへの偏移、確実なプロセスを設定されていることです。いや、勿論、恋愛モノっつーのは全部、プロセスが存在するわけなんですが、多くの恋愛関係がその心情価値がゼロないし1から始まるのに対して、ツン(マイナス)からデレ(プラス)へと一気に転化させるというプロセスにのみ着目したやり方はツンデレならでは手法です。
 これにより、ツンデレは虚構性の虚構らしさを排除しています。曖昧なプロセス、言ってみれば、人の心なんて不確かなものをキャラの生々しい(と見える)二面性、人間性に満ちた行動によって、かっちりはっきり規定してるわけです。もちろん、この規定は絶対に保証された信頼や肯定の元でのみ成立しています。マイナス、プラスというのも表層的な、見かけの行動だけに過ぎず、あくまでツンデレの内心は常にプラスに傾いているわけですから。

 まあ、そういうわけでツンデレちゅーのは、対人関係における理想郷とか楽園であり、オチモノなんかでも見られる「なんでもニコニコ受け入れてくれる女神様」の発展形であると同時に、デレの発動条件が「私とあなた」でもあるので、セカイ系の発展形でもあるわけです。
 
 えーっと、なんでこんな文章を書いているんかっちゅーと、オチモノだとかセカイ系だとかをを否定するのは割とよく見かけるんですが、ツンデレに関してはあんまり否定を見ないなあ、その辺いかがなものよ? と思ったので、そんなことを書いてみました。ぶっちゃけ、都合の良さではどっこいどっこいですよ? と、まあ、そんなことを言いたいわけです。多分。