「スチームボーイ」を見る。 


 いつのまにか見るのを忘れてましたが、このたび、見たので感想などを。
 おもしろかったです。ツタヤで借りて見た後、あらためてDVDを買ったぐらいなので。

  • あらすじ


 それは19世紀の英国の物語。
 北西部のマンチェスターにはスチム家というマッドでクレイジーでファックな科学者一家が住んでおりました。
 彼らの戒律は唯一。
 「正気にあっては大業ならず、科学者はキチガイなり」
 この精神のもと、おじいちゃんとお父さんはあまりにもマッドでクレイジーでファックなエネルギー研究を行っていたため、常識的で保守的な伝統の王立協会の会員にもなれなかったのですが、そのマッドでクレイジーでファックなガッツが、アメリカの武器商人のウィンチェスター――じゃなかった、オハラ財団におおいに気に入られて、彼らはアメリカに行ってしまいました。そこで彼らはスチームボールという脅威のテクノロジーの結晶を生み出す事に成功したのです…

  • 感想


 なにからなにまで上質のジュブナイルでした。
 歯車と蒸気でできた「どうやって動くか分からないけど、いかにもスンゴイ機械」がたくさんでてきて、目に付く物をかたっぱしからブッ壊していくシーンを演じてくれるだけで童心に火がつきました。レトロサイエンス大好き。


 ということで、とにかく機械の動き方が素晴らしかったです。歯車がグルグルまわって、ガッチャンガッチャン蒸気が噴き出して、シリンダーがシコシコ往復活動して、根源的な男根魂が燃えまくりですよ! なんで動くのか分からないけど、とにかくすごい! こんなん間近で見せられたら、誰だって科学者になりたくなりますよね。それはかつて、確かにオトコノコの夢の一つだったのです。  
 画面一杯に広がる機械たちの時間を満喫したら、次は、その機械たちが「どのように恐ろしいのか? どうして恐ろしいのか?」を科学に対する見解の相違というヒューマンエラーが生み出す惨劇を介して提示していく。
 で、最後には選ばれた少年が、それでも与えられる科学の希望に導かれて、物語が終結
 しかも、次回予告付き!
 エンドクレジット流れている間、次回作をずーっと妄想してました。「空飛ぶ貴婦人――スカーレット・オハラ」とか「対決! 電人エジソン」とかを含めた「奇傑ヤング・スチームマン・シリーズ」を。
 

 見た後で、ざっとネット批評を眺めてみたんですが、あんまりジュブナイルとしてのスチームボーイを語っているひとはおらず、「あの『AKIRA』の大友克弘の最新作」という枠組みでの批評が多かったのが気になりました。
 仕方がないことなのかもしれないですが、この作品は、アングラな雰囲気を漂わせるカウンターカルチャーを背骨にしたアニメーションの金字塔である「AKIRA」とは似ても似つかない物語で、AKIRAが先鋭化された未来志向に身を委ねた作品であるのに対して、すべてがレトロフューチャーのなかで語られるスチームボーイは、露骨なほどAKIRAと正反対の位置にあるわけです。
 だから、AKIRAのような作品を求めるひとにとって、この作品は大友克洋による裏切り行為のように見えたのかもしれません。

  • マイフェイバリットポイント
    • 子供たちの視点をものすごく意識している箇所。最後に空を滑空していくスチームボーイが瞳に写る少年や、スチーム城の惨事の後でも元気にはしゃぎまくる少年少女の姿。
      • レトロフューチャーの素晴らしさはノスタルジーという夢によって、希望に包まれた未来が提示されていることだと思います。それが結局、大人による独善であるとしても、閉塞的な世界よりは居心地がよいに決まっている。
    • スチーム城の中に遊園地が現れるところ。
      • ロイド博士の「科学とは人々に希望を与えて、より良い心身のあり方を獲得させる」という意思が表明される。スチーム城は本当は世界最初のアカデミック・アミューズメントパークになるはずだったのに、なんて無残に改造されたのだろう、と抜群の心理効果があった。 
    • 一方で、スチーム城にもエドワードの思想が感じさせてくれたこと。
      • 「科学とは力であり、人々はその偉大な姿に畏怖するべき」。それが多くの良識人から共感を得られなくても、それもまた科学のあり方であることがよく分かるし、巨根バカは何時の時代にもいるべき。
    • エンドクレジットに書かれる「その後のエピソード」を描いた一枚絵。
      • ここ最高。
      • スタジオジブリの作品に感じる最大の不満点を解消してもらいました。物語が終わっても、キャラクターたちの生命が尽きたわけではなく、その後をわずかずつ書くということは、今後のキャラの人生を鑑賞者に差し上げるということでもある。今後もこういうスタイルのエンドクレジットが増えると嬉しいなあ。
  • 不満点

 巷で云われているように、キャラクタ描写がまずいところが多い。
 主人公のレイやロイド、エドワードのメイン三代はさすがにメインテーマである「科学とはなにか?」という提示に対して、「科学の発達を目の前にした時代に、その先鞭をつける者達の態度」がよく書き込まれているんですけど、ヒロインにあたるスカーレットや軍関係者やロバート・「アタックチャンス」コダマ・スチーブンスなど脇を固める面々が、まったく類型的なキャラ造形に留まってしまっていて、ものすごくもったいない。
 特にロバートとその助手の、ロバートのスチム家への嫉妬心(王立協会への推薦をけっとばしたとかそういうエピソードがあると最高)や、助手の上昇志向(下層出身者のロバートや英国に対する醜い感情)はもっと書き込んでもよかったと思う。軍関係者についても、もっととぼけたキャラだったほうがスチーム城にやられるくだりが喜劇的で楽しかっただろうし。
 スカーレットは、「お母様」のくだりはいらなかったかな。あそこだけ湿っぽくて浮いてるんですよね。狂言まわしとして徹底してほしかったのに。
 まあ、これに関しては、製作予定らしいスカーレット単体のシリーズを楽しみにしようかな。


 この作品の不幸は、もはや現代カルチャーがレトロフューチャーの時代ではなくポスト・サイバーパンク化した世界であることと、ベタなキャラが忌避させる時代にかちあったことなんでしょうね。
 でも、品質は極上なので、何時の時代にか再評価されるといいなーとか思います。