とうさんは言ったのさ。「正しいは絶対に正しい」ってね。


――さて、今日はどんな話をしようかね。
「とうさん、とうさん。あの話をしてよ。夢と希望にあふれた理想的な話をして。」
――おお、あの話かい。すこし長くなるけど、いいかな?
「うん、いいよ」
――じゃあ、お聞き。これから話すのは、ある一つの理想的な未来の物語だ……


 ……その未来の国はね、それはそれはもう豊かな国だったんだ。文化的で科学的で、とてもとても発達していた。
 だから、就職率は常に100パーセント。誰も「仕事がない」とか「明日からの生活をどうしよう?」とかそんな低次元な悩みをもってはおらず、自分の生活に誇りを持ち、いつも皆が明日のよりよき生活を夢見ているんだ。この国がもっと美しくなればいいのに。そんなことを考えるゆとりをもっている。
 国民はみんな、等しく平和的で、だから暴力的、反社会的、反動的な性格をもたず、奉仕精神に恵まれて、日曜日はご近所さんとともにゴミ拾いをしている。
 性的にも満たされていて、みんな子供の頃から決められた相手と結婚し、その一人の異性を相手に一生を過ごす。
 子供たちはいつも楽しそうに笑い、学生達はみな真面目に勉学に勤しみ、大人たちは一生懸命、日々の仕事に打ち込む。老人たちには経済的福祉的にもなんの憂いもなく、余生を楽しんでいる。
 彼らの誰一人として喜びを享受しないひとなんていない。
 衣食住に満たされていて、科学的に発達しているから病気を恐れることもない。
 また、素晴らしい文化の恩寵を授かるからには、下劣、下等、外道な精神など宿りようもない。


 だから、本屋を眺めてごらん。
 並べられた書籍の数々を手にとってみるといい。
 そこに描かれた一切の寓話の排除された本当に科学的で文化的な記述を。

 これは殴り合いの本だ。マンガというものにちょっと似てるね。でも、マンガなんかじゃないよ。マンガというのは非科学的で非文化的だからね。これはそういうものじゃない。
 
 これは科学的に健全な肉体を宿した、文化的な精神をもった男たちが登場する本。
 的確にデッサンされた登場人物たちの合理的な動きがなんの誇張もなく、写実的に描かれている。
 その証明として膨大な注釈が与えられているだろう?
 この数式は、以下の速度で腰の筋肉をねじり、背筋から胸筋を引っ張り、この定理から導き出される角度で腕を振りぬいて、相手を打ち抜けば、的確に撲殺できるということを証明している。
 下に図示されている忠実な人体解剖図は、その際に用いられる筋肉、神経、骨格が描かれていて、それぞれを連結して、文化的で科学的な一撃を見舞うための動作を読者に教えてくれる。実に素晴らしい。

 次に、この本だ。
 これには真に科学的で文化的な男たちが己の科学的で文化的である所以を世に知らしめるべく、あらゆる建築物を爆破するための手段が書かれている。
 彼ら曰く、「芸術とは爆発だ。しかし、この本は健全な読者処刑の実践的探究心を満たすべく綴られたものである」だそうだ。
 爆薬の製造方法から保管方法、適切な運用方法、例えば、4F以上の建築物に必要な量とその配置、設置方法など実用的な注意事項が丁寧懇切に描かれているね。大絶賛だ

 また、ある本では……

「ねえ、とうさん。」
 ――なんだい、ぼうや。
「そうした本には楽しい絵はないの?」
 ――おやおや、ぼうや。そんな本はおぞましいんだよ。分かるかい?
「どうして?」
 ――ぼうやが期待しているのは、例えば、かわいらしい動物が喋って話しかけてくれるようなもののことだろう?
「あ、うん、そうそう。楽しいよね、きっと」
 ――とんでもない! 動物が喋る? お化けがでてくる? まさかまさか魔法なんて! ぶるぶるぶる、そんな非科学的、非文化的なものなんて理想的な未来には必要ないんだよ。
「どうして? おもしろいのに?」
 ――どうしてもこうしてもないんだ! 分かるね? ぼうや。
「だから、どうしてなのっ?」
 ――分からないのかい? いけないぼうやだ。そういうぼうやには、おしおきを……

 ドンドン、ドンドンドン
 ――ん? なんだ? やけに外が騒がしいぞ。
 すいません。警察のものですが。
 ――はい? なんでしょう。
  ご近所でちょっと話しにのぼってましてね。お宅の息子さんのことなんですが。
 ――ははあ、ご苦労様です。ウチの子がなんでしょうか。あ、ぼうや。どこへ行くんだ。おい!
「もうイヤだ。とうさんはぼくを閉じ込めて、いつもあの話して、おしおきをしていれば嬉しいのだろうけど、ぼくはイヤだ。ぼくは、もうイヤなんだ!」
 ――待つんだ、ぼうや。お前がいなくなるとわたしは誰にあの話をすればいいんだ。それに、文化的で科学的であることを学べば、お前は正しい人間になれるんだよ。そう、絶対に正しい人間にだ! 


 男はそう言ったが、少年は聞かず、そのまま外へと出て行った。


着想元URL:http://weekryseiron.blog101.fc2.com/blog-entry-44.html



 物質主義、合理主義は所詮、情操教育にはまるで向かないという話。
 その衣をまとって生まれる想像力に欠いた、寛容のない保守(?)が無駄に外敵を作る理由にも繋がるような気もします。

 余談ですが、まったくの夢想として、無用のストイシズムに目覚めた子供が、あらゆる禁欲の果てにどこに行き着くのか、試してみたくもありますが、それを書くと、なんだか落合尚之の「罪と罰」みたいになりそう。
 おもしろいですよね。「罪と罰」。オススメの漫画です。