ベルカ、吠えないのか?(著:古川日出男)
素晴らしく脳みそに来る作品を読みました。
この「脳みそに来る」という感覚は、ぞわっと頭からキョーレツな稲妻みたいなのが足の爪先まで走るようなもんで、肌が粟立ってくるほどスゴイ作品に出会うとこの感覚に襲われます。
シグルイとか。
シグルイとか。
シグルイとか。
くそー。去年の時点で読んでおけばよかったなー。シグルイ級ですよ。マジに。人狼とシグルイとベルカという稀代のコラボレーションを思いついちゃったんだけど、もう暇がないから書けないじゃん。くそー。
ちなみに、この作品のどうスゴイかと言うと、
- 文体がスゴイ。語り口が狂ってる。明らかにキャラと作者の距離が近すぎる。引力=愛
- 物語がスゴイ。イヌの系統樹が戦争の世紀の中で拡散して、収斂する様は圧倒的すぎる。
- キャラがスゴイ。もう異常なレベル。出てくるやつらのほぼ全てが、己の美学に殉じすぎているというか、因果を極めてるというか、破天荒に生きて、破天荒に死ぬその様はもはや凄惨。
まず文体。
- めちゃくちゃカッコイイ。
- 硬派で端的な文は読んでて脳髄にビシバシ届いてくるんですが、明らかにオカシイです。
- なにがオカシイのかというと、他ならぬ作者が随所で、作中に乗り込んできてマイクパフォーマンスをブチあげだすところとか。
- 本書後半は、完全に筆がノリにのっている状態で、それが顕著になります。
- そういえば、この作品の文体は三段階あるように思われます。
- まず最初は序章で、これはオーソドックスな三人称で、これは穏やかな入り。
- 回想に入ると、段々と語り口に熱を帯び始めて、中盤ぐらいまではまだ淡々とイヌにフォーカスした歴史を綴りますが、中盤あたりからイヌをその個体名じゃなくて、「お前」と呼びかけるように。
- そして、後半、怪犬仮面編からは完全に主観と客観が混交した状態になります。その傾向は物語の頭にある「おれはあんたの秘密を知っている」という単語が効いてくるソ連の変遷期に入ると顕著になってきて、いつでも「オレは知ってるぜ。知ってるぜ。知ってるぜ」と作者が顔を覗かせてくるためでしょうか。
次、物語。
- テーマはなんだろ。まず弱肉強食の世界を生きろ、ってことなんだと思うんですが。
- ソ連のくだりは、もうおもしろすぎてたまりませんでした。S局の作られ方と潰され方とか、「これぞ伝奇メソッドだ!」と膝を打ちました。
キャラ
- どのキャラも異常。独自の美学に生きる者達って感じ。天国で割腹! みたいな生き様が垣間見えて素晴らしかったです。具体的に言いますと、
- 怪犬仮面とか
- 怪犬仮面とか
- 怪犬仮面とか
このキャラだけはほんとうに全くそのメンタリティが理解できません。基本的に、他のキャラクタは、大主教にしてもヤクザの嬢にしても、どのイヌたちでも、ふつーのキャラクタなんですよ。
要するに、キャラクタはその存在理由において虚構であるがゆえにリアリティを追求しなくてはならないという一種の創作上のジレンマを抱え込んでいるわけなんですが、このキャラだけはまったく埒外。
マフィアの大物で殺し屋で、でもルチャドールの善玉で必殺技は「雷撃のセント・バーナード蹴り」と「愛のイヌ落とし」ってこうして書いているだけでキーボードを叩く手が困惑で止まりがちになるんですが、まあ、とにかくその虚構の住人っぷりが際立ってます。
作者も多分、あそこらへんから完全に開き直っていて、元々テンションハイな描写がさらに爆超です。「どーせ歴史の闇に埋もれるんだから、何やったっていーじゃん」という真理をついに悟ったかどーかは知りませんけど、とにかくそのハジケっぷりがすごい。
怪犬仮面のところはあのハジケっぷりはなんだったのかところどころ読み返しながら首をかしげてしまいます。確かに突出しておもしろいんですけど、あの無駄に凝ったキャラのディテールのほとんどは実際のところ、いらないですよね。
技術の無駄遣いって素晴らしいと思いました。
ところで話は変わりますけど、実質の主人公である少女は、ものすごくあやふやな存在ですよね。メインに据えられているキャラなんだけど、他のメインに出張ってくるメンツに比べてあんまり肝が据わってないというか。まあ、「若者、しかも異性のそれ=としかさの作者にとって本質的に理解不能=未来への展望、希望をもつ」という古くからの構造に忠実に従っているのかもしれませんが、どーにも美学度が低い。
や、すごくいいキャラなんですよ。無味無臭じゃなくて、ちゃんと臭いがあるし。
でも、なんせ他のキャラ(語り部も含めて)が圧倒的すぎるんでしょうね。
最後はいいシメだなあと思いました。
「生きろ」というメッセージを若者に仮託して、古い戦争様式の二十世紀→新しい戦争様式の二十一世紀の狭間に立って、収斂した戦争の歴史は再びイヌを介して繰り返すであろうことを感じさせてくれて、あれ以上ない終わり方って感じ。