「Fate/Zero」(著:虚淵玄) を読む。

 注文したのが年の暮れ。発売予定日が今月の13日。
 待てど暮らせど届かない。
 公式見れば、「発送が遅延していて、お客様には〜」のお詫びの言葉。
「まあ、同人だし」「fateだし」

 などと、それほど期待せず待つこと一週間、昨日の夜、ようやく到着し、読みました。

 んで、読み終わって、真っ先に出てきた感想が、


イスカンダルさん、すごく…ジャンキーです」

  

  • 感想

 面白かったです。こいつはヘタすると、今年ベストじゃないか? と思うほどに、多幸感にあふれる作品でした。


 こう言っちゃなんなんですけど、「Fate/stay night」はあまりにもったいなかったように覚えています。


 確かに設定と世界観はあまりにも美味過ぎる。芳醇だった。
 しかし、ラストエピソードで事実上のルールをうっちゃってしまったり、ほとんどのキャラがデフォルトで「油断」とか「気まぐれ」とか「獲物の前で舌なめずり」とかの微妙なステータスを抱えていて、トドメをさせる場面でやめて生存競争を投げっぱなしにしたり、「それぞれのどうしようもない渇望」を叶えるアイテムを奪い合う話なのに、「お前ら、実際問題、これといって別に聖杯とか欲しくねぇだろ?」としか思えない「渇ききっていない」「餓えきっていない」態度が気に入らなかった。
 僕はfateに、「バトルロイヤルにいきなり放り込まれた甘っちょろい(ほぼ一般人の)主人公が、どんどんすり潰されていって、「ヒーローとはなにか?」という己の命題に対し、「現実主義として/理想主義として、絶対に妥協しないヒーロー」すなわち「エウダイモニアの求道者*1」のスタンスをどう得て、回答するのか」
 に着目していたんですが、なんだかその辺り、色々ウヤムヤにされたというか、さすがに主人公を甘やかしすぎちゃうんか、とか思ったりもします。
 しかしながら、読者=作者であるはずもないわけで、そういう納得いかない部分を差っ引いても少年漫画の「もえる」王道に沿いつつズラす起伏に富んだストーリィや魅力的なキャラたちにはテンションブチあがりまくりで、全然、楽しめましたヨ?(政治的表現)


 ともあれ、ちょっとした瑕疵=不満があるのはそれが良い作品の証左であるともいえ、そうなるとその欠点を繕うが如く、二次創作がめっぽう盛んとなるのが日本オタク事情であり、
「じゃあ、プロのライターがガチで二次創作しちゃったら、どうすんのよ? どうなっちゃうの?」
 というのが、本作品。


 結論から言って、とんでもない作品。
至高の二次創作としてはファック文芸部の「ファッキンガム殺人事件」bloggerの手がけたデスノートhttp://neo.g.hatena.ne.jp/xx-internet/20060521)が記憶に新しいのですけど、これと同じスメル。
 これがデスノート本編では活用されなかったルールをバリバリと駆使して、「もうひとつのデスノート」を描いたように、虚淵玄の書く「fate/zero」もまた「もうひとつのFate」。


 まず主人公の造形が素晴らしい。今回は本編主人公の衛宮士郎の養父、衛宮切嗣が主人公。
 しかし、彼は息子ほど甘くない。まったくもってプロ根性丸出し。なにせ、彼のスタイルは、魔術合戦に真っ向から反抗する「近代兵器を駆使した戦闘」。
 つまり、狙撃とかー、爆撃とかー、あと狙撃。
 まるで、
「なんだよもー、バトルロイヤルつったら、もっとド汚いもんだろー。もう、奈須のバカバカ。しょうがない。そういう凄惨な殺し合いなら、オレに任せとけ」
 とでも言いたげな筆者をよく表しているようなキャラには感心。
 ふふっ、さすがは「phantom」のウロブチ。

 
 それに象徴されるように、今回はバトルの裏側をバシバシ見せる。
 事前工作を重視した必勝の騙しあいをやるものもいれば、実際に戦闘が始まると、高みの見物を気取り漁夫の利を狙う輩もいる*2
 そもそも主人公からして、戦闘に臨む際、常に自分の協力者を外部から呼び込んでいる。
 この辺りの描写には、虚淵玄ならではの「戦闘」へのフェチシズムが匂ってきて、もうたまらない。
 

 描写だけではなく、新キャラも愉しい。
 中でも、最初に書いたように、今回のライダーとして登場したイスカンダルが輝いている。もはや輝きすぎ、といっても過言ではないほどのキャラクター。
 その性、倣岸にして不遜。野心は天を貫かんばかり、己が覇道を地平の向こうまでまい進せんとするバカ。
 その人間力は登場するだけで、綿密に作り上げられたウロブチ暗闘領域をふみにじるステキ仕様。
 問われもしないのに、わざわざ本名を名乗る*3予想外のキチガイ。恐るべきバトルジャンキーです。
 
 
 彼が登場してから、物語は加速度的に展開し、それまでの本編序盤で見られた、ランサーによる威力偵察のオマージュを絡めながらのセイバー×ランサーの戦闘から、さらなるサーヴァントの登場に次ぐ登場で、怒濤のように疾走するいきなりクライマックス状態。


 まだ買ってない人はぜひとも読んだほうがいい。
 これは「fate/stay night」をプレイしてなくても、全然楽しめる紛うことなき快作です。
 ただ惜しむらくは、1300×全4巻構成と、トータルで見るとそれなりの額になるのが注意。
 僕も届いてから、気付きました。
「あれ? 終わってねーじゃん……あ、『1』って書いてる!?」って。


 

 
  

*1:ところで、奈須きのこギリシャ哲学を意識的に扱っている(表層的な引用であるかは議論の分かれるところだろうけど)。僕の記憶が正しければ、アリストテレスというキャラが設定上、最強キャラに位置しているし、近作、「fate/hollow ataraxia」のアタラクシアはエピクロスの概念であるのは、気合の入ったユーザーには周知の話

*2:それがあさましさの欠片もなく、まったくの戦術的価値を認めた上での行為だと納得させる描写が素晴らしい

*3:聖杯戦争というシステム上、サーヴァントはふつー名乗らない