年寄りはノスタルジーを裏切らないし、ノスタルジーも年寄りを裏切らない。


 という原則を、ゼーガペインを見ながら思いついた。
 ノスタルジーは若者には通用しない。従妹の高校生と「時をかける少女」を観に行ったけど、面白かったとは言うが、ノスタルジーについての感想はついぞ聞くことが出来なかったし、尋ねてみても、「え?」ときょとんとされた。また、中学生の甥っ子に読書のススメとして「イリヤの空、UFOの夏」を渡したけど、ノスタルジーの話にはならなかった。そして、私は真理に目覚めた。
 時間は夢を裏切る! 夢が時間を裏切るように! かつて文豪もこう言った! 「とかくこの世は住み辛い!」
 時間感覚が引き伸ばされたとき、ノスタルジーは我々の背後にそっと忍び寄り、肩をつかんであちら側に引っ張りこむのである。
 おのれ、怪人ノスタルジー! またぞろそんな夏の青い空とか、理想的にモデル化された学園生活のカタチをしやがって! 勝てるわけねェだろ、んなもん! 


「つまり、良きライトノベルはセンチメンタル・グラフィティであるべきだと?」
「違います。真の悪党はヒーローの肉体を折るより、心を折れ、と。そのほうが反発が少ない。そういうことです」


 あ、ゼーガペインはものすごくおもしろかったです。DVD買うか買わないか、思案中なぐらいなので。


 ※ 十二月一日 ブクマコメントにて以下のように指摘されたので、追記。

2006年11月29日 SHIKAIKILYOU ありきたりな話だけど「ALWAYS 三丁目の夕日」にノスタルジーを感じていた若者はいる。たぶん時かけでもリアルで学生なのに懐古的な感情を持った人はいるんじゃないかなぁ。半田健人の趣味とかモロだし。

 「場の理論http://d.hatena.ne.jp/y2k000/20061104#p1)」を持ち出してネタにマジレス云々とか、色々と言い訳を考えてみたんですが、恐らくこの指摘のほうがより包括的に若者を見ているので、正しそうな気がします。


 ただ補足させていただくと、ノスタルジーに対する態度というか、積極的に懐古趣味を手繰ろうとする意味において、その傾向は若者より年寄りのほうが顕著ではあると思います。経験が古びた回路を走るためにはやはりその回路が形成されていないと難しいんじゃないでしょうか。
 個人的には田舎と都会の学生をそれぞれ比較してみて、都会のなかに今、自分が住んでいる田舎を見ているのか(この場合、ノスタルジーというよりエンパシーでしょう。異化への憧れなのかも)、どこか(ex.祖父母宅やテレビ映像)で見た田舎を思い起こしているのか(これならノスタルジーかな? それとも、またこれも異化された日常への憧れ?)、などを調べてみたら面白いんじゃないか、とか思います。
 要するに、ノスタルジーを年寄りの特権だとは思ってはいない、という話です。
 なんだか言説を覆すような発言ですが、そもそも僕も大して年くった人間ではありませんし、まあ、id:babelapさんが「トシだ」と自嘲(?)なさっているように、ずいぶんとじじむさい趣味であることは事実でしょうが・・・。