小説プラネテス 家なき鳥、星をこえる(著:常盤陽)
ハキムいいですよねハキム。マジメで頑固な好青年がガシガシ削れていく様がいい。川底を転がる石のように丸くなる人生にはならず、決定的に亀裂が走ってそのまま砕けるストーリィ。
この残酷でその実、ナイーブな青春物語を「新人」作家が書くという時点ですでに勝利条件に届いています。面白い。幸村誠が喜ぶのも分かる気がする。
なかでも白眉なのは、ヒロインである日本大使の娘とその警備を仰せつかった青年ハキムの買い物道中、第八章「カラム、カラム」
イスラームの因習に無頓着な「外国人」の無邪気なふるまいと、いらだちをもって接する「現地の人々」とが「外国人」を守る「現地人」として眺めるハキムの視点から書かれているのが、めっちゃくちゃにスリリングで最高。
何気ない日常風景なのにすでに異界の領域に到達していて、たまらない。この深刻で重大なすれちがいが「文明の衝突」ですよ。
ペットボトルをゴクゴクやる決定的シーンはマジで痺れます。この章だけに金を払ったといっても過言ではないぐらい。
という感じに、前半部分は作家「常盤陽」が伸び伸び書いてて、大満足。
一方、残念な点はマンガ「プラネテス」の内容とかぶる最後半。ハキムが宇宙に出てからは編集者「常盤陽」になっていて、完全にダイジェストに陥っていること。前半がすごく面白いので、後半も同じ密度と分量で書き込んでくれてもよかったのにナァ。
とくに、クライマックス手前の空港シーンで出てくる「働きマン」になったヒロイン造形は最悪の一言に尽きて、「ああ、やっぱり雑誌モーニングの編集者だったんだな、この人」が全開になり、ものすごい脱力感を味あわせてくれやがります。
以前から感じていたのですが、どうもモーニングやドラマ畑の人は「キャリアウーマン」の意味を「愛嬌のある肩書き付きの人情お嬢さん」だと考えているフシがあります。それは・・・オッサンが職場で愛でて楽しい女性なだけなのでは・・・?
オチから逆算してもこのシークエンスの必要性はあまり感じなかったのですが、まあ、前半部分が本気で素晴らしかったので、最後ぐらいフェチに走るのも作家のわがままに付き合う感じで嫌いではないです。
ちなみに、オチはキャラバンと人生放浪をかけて、ついにオアシスに到達する非常に美しいものなので、満足。
総じて良質のノベライズ。
乙一ジョジョといい、気合いののったノベライズを立て続けに読めてしあわせです。