CRのある風景 1と2

「それって、アカBANモノじゃないっすか。大丈夫なんすか?」
 と、学内のCRドメインを展開しながら後輩の後藤君は言った。レンズの接点照射モードを起ち上げ、学校から生徒向けに用意しているSNZのP2Pコンテンツにコンソールを合わせていた彼のカメラに対して、僕も同期作業を始めた。
 自身のリブレットである衣服由来のプロジェクションカメラによって、眼前に疑似投影されたWALKBOX(なんでこんな使いにくいソフトを選んでるんだ?)のアイコンにレンズコンソールを合わせる。ぱちぱち、と二回瞬きして、去年友人たちと一緒にTWEEってまとめた「法哲学概論」のレジュメを、学内既定である5分以内のバッファシーリングとしてアップしながら、僕は応えた。
「やっぱそう思う?」
「いやー、よく無事でしたよね。あそこのSNZってディスクロージャーのくせに実名前提でしょ? 確か、戸籍由来の実IDの提示まで求められるって」
「うん、最初はいいと思ったんだけどねえ。ほら、投票ベースと違って、議論用のサロンって、匿名準拠じゃん? その中から有力意見を抽出して、投票ベースに持っていくってオーソドックスがさ、面白くなかったから」
「そこがわかんないですね。別にいいじゃないですか。有効ってだいたい認められるうち、いくつかまとまった意見に投票。直接民主制としちゃまずまず仕上がってると思いますけど」
「んー、いや、バイパス選挙に文句言ってるわけじゃないんだ。実際、いいと思うよ。マスダセンセの『近代政治学』やった? 高校でも歴史の授業で習ったと思うけど、一世代前の」
衆議院参議院制、でしたっけ? オレ、マスダさん、どうも苦手で。どうしても眠たくなるんですよ」
「あれよか、策定過程の透明性も高いし、まあ、雑多な分、リアルタイムの有効かつ実直な反映には、速度面でまだ納得いかないけどね」
「それって、こないだの学官共同参画から帰ってきたミユキさんが言ってたまんまじゃないですかぁ」
「う、バレましたか」
「ゼミの報告会のログ35分ぐらいですよね。ほら」
 そう言って、ゼミの共有フィーダから報告会の更新LInkeを張り出してくる。空間投射された蛍光色のフレームメッセージ「2062年度UCU田宮分校法学部秋期ゼミ間横断定例会」とビデオ議事録のURLが表示されてウィルスチェックのモーメントがかかった後、往路を歩いているためいっそうカタカタ歪んで粗い動画が自動再生されはじめた。サブユーティリティの「測定さん」と「ほじほじくん」が現在のファイルに対する画質強度(FPR)は30PRから40PRとけっこうな低レートなので、このままさらにオーバレイを行うと、画像保持に自信が持てませんと泣きついてきた。すると、今度は「↑SERVE」が最寄りの転送レートの高い屋外サーバを検出して、オーバレイで誘導表示を投げかけてくる。さらにレートが落ち、泣き出す「ほじほじくん」。力強く「こっちのサーバはあーまいぞ」と唄う「↑SERVE」。
「なんかこの辺のサーバって弱くない?」
「ええ、なんででしょうね。理学部がなんかの実験中で屋外サーバも使ってるのかな」
 と最寄りの建物を眺めた。
「まあ、いいや」
 屋内録音特有のざらついて割れがちな声を垂れ流していると、聞き知った音律が耳に届いた。どうしてもそこに目をやってしまう。
 途端、リブレット内のセンシングカメラが瞳孔とレンズの相互間反応と自らが投射している対象との位置関係を読み取って、目を細めて注視するコンテンツを拡大する。インターフェースの過度な自動化も困りものだなと思うときはこんなときだ。見たいけど、見たくもない。システムってのはそんな機微を読み取ってはくれやしないのだから。
 そこへふらりと落ち葉が降ってきて、ビデオデータの前にかぶさり、突き抜けいく。一瞬乱れた画素がそれでも、上月深雪の姿を象っているのがまざまざと知れた。その佇まいに胸がドキリと跳ねてから、痛む。もはやたまらなくなって手で払い、表示されたオーバレイたちをワイプする。
「ていうか、いちいち送らなくていいよ」
 素知らぬ顔でまじまじとビデオを眺めて後藤君。
「ミユキさん、相変わらず美人でかっこいいすよねえ。ああ、踏まれてえ」
「は? 何? 頭大丈夫か? 意味わかんないよ」
「ふふん、分からないかな。分かるはずでしょうに。これだから、M気質と自覚しないマゾは困るんですよねー」
 鼻で笑われたのがひどくムカついたので、膝裏に蹴りを入れて、おまけに
「そんなこと言うと、『刑法1』のレジュメやらないぞ?」
「あわわ。それは困ります。赤木センパイの個人レジュメがテスト対策にはベストオブベストだと、ゼミ連中も大絶賛中ですので、そこはなんとか。――優れた文化は残るべきなのです」
「じゃあ、『メーテル』で今からコーヒーおごれ」
「え、今月はアフィリエイトの稼ぎが芳しくなく」
「単位と380円とどっちが大事なんだ?」
「はっ。目先の損より崇高なる目的『進級』でございます」
 ということで、僕たちは学内一の不人気喫茶店に向かうことにした。

続く。

「……だってさ、じーちゃんの時代なんてさ、電話がケータイなんて言われてたんだよ?」
「ケータイ? なんで? 電話って普通、いっつもありますよね?」
 ほら、といって、後輩の後藤君はドメインを立ち上げて見せる。透過率0%反転表示にしてみせて、通常他者には見えない個人的なメニュー画面を見せる。頼むから、エロ動画サイトを常駐表記しないでほしい。しかも、そこは僕もお世話になっている極めて実用的な所。自分の恥をさらされているようでなおさら恥ずかしい。
「わざわざありがとうだから、もうしまって」
「へい。どういたしまして」
「で、まあ、今と違って、昔は電話を持ってたんだって」
「だから、持ってたって? 持ってたって何すか? 固定の据え付けのは知ってますよ。非常用の公衆電話とか。オレの田舎の公民館にもあるアレは。え、まさかアレを持ってた? どうやって? 肩に提げたんですか?」
「まさか、そんなわけないだろうけど、だからさ、ソフトじゃなかったんだって。ハードウェア。機器だったんだって 手のひらぐらいの大きさで」
 と、だいたいのイメージをペイントソフトで描いて見せる。非常用の公衆電話のあのダンベルみたいな形を手のひらサイズにミニマムにしたものだった。
 それをぼーっと眺めて、後藤君は
「はー……なるほど。まあ、今のCRみたいな仕組み自体がなかったですからねえ」
 と、テーブルの中空に浮かんでふよふよやってきたボールを鬱陶しそうに指ではじき飛ばした。古い閉鎖空間型のゲームである「ピンポン」がこの店ではなぜか常にオープン起動になっているのだ。
「アレ?」
「何スか?」
「なんかイメージと違ったね。ケータイ」
 そんなことを呟きながら、オーバレイを共通表示にした。
 そこには薄くてシャープな小物のような形をした手のひらサイズの携帯電話と呼ばれるデバイスの動画および静止画とそれについての説明書きが映し出されていた。
「ああ、こういうのなんだ。つか、どうやって調べたんすか?」
というのは、UCU田宮分校はゲートをくぐると、自動的に学内のCRに限定的にアクセスされ、所定の場所以外ではオープンチャンネルに接することができないからだ。これは不必要な外部ネットとの接触は種々の点で学業の妨げになるといっているが、表向きのことで、公的施設の多分に漏れず、年々かさむセキュリティ対策予算を抑えるためだというのが公然の秘密とされている。
「ガッコの図書館から引っ張り出した」
「ふーん、へー、なるほど」
 といいながら、ピンポンの球を転がしていた。
「うっぜー。停止できないんでしたっけ?」
「だめだって」
 ここメーテルのピンポンは、リージョンマスター級の管理者裁量が働いているため、末端のユーザ権限では、停止信号も受け付けないという超絶不親切仕様となっている。
 結果、ひたすら延々とふよふよ漂ってくるボールがひたすらウザいことは、確実にこの店が孤高の不人気ナンバーワンへの地位を守ることに寄与していた。
「ああ、うぜえ。ほんとなんで『メーテル』なんすか」
 とレトロで重厚な色合いの黒っぽい木調の店内を見渡す後藤君。ジャズが流れていて、いい雰囲気だが、あいにく渋いマスターやかわいいウェイトレスはいない。セルフサービスの無人喫茶だからだ。趣深い内装も展開しているCR上の反映されているインテリアルを引っぺがせば安い材木しか使っていないことは知っている。一年生の時、CRの接続を切ってみて、すでに真実を確かめているからだ。物理建造物としても問題があり、空調が効きにくく、日当たりも悪いので、夏は暑く、冬は寒い。
「なのに、なんで?」
「クセになってるんだよ。ここのコーヒーが」
「うっそ。こんな不味いのに」
 そういってお品書きの方のメニューを呼び出す。男らしい字で「珈琲」と描かれていた。お値段380円。デフレの波が続く現代においては、通常まかり通らない金額設定であった。
「ありえねえ。ドトールですら90円コーヒーの時代なのに。なんだこれ。ありえねえ」
 ぶつぶつと文句たれりーのでメニューを眺める後藤君だがさにあらんや。
 ここ『メーテル』が学内の、どの学部からも比較的近距離でやって来られる喫茶店なのに、試験前ぐらいしか客が入らないのは以上のような理由があるのだった。
「まあ、でも、便利だよねえ。やっぱ」
「なにがすか?」
「これ」と辺りをぐるり指さす。
「ああ、まあ、確かにこれがない生活ってのは、ちょっと。考えにくいっすねえ」
 つまり、CRのことだ。
 そもそもCRとはなにか。CRとは偏在高速度ネットワークと、個的カメラセンサー群とをつなぐ医療用投射体デバイス(多くはコンタクトレンズかメガネの形をしている)により、あたかも目の前に存在するように現れるコンテンツ全般を指す。
 その意味は年を重ねるにつれて、どんどん多様的に用いられており、今では、ネットワークの内的外的性格を問わずに、ユーザがネットワークへのフレキシブルかつモバイルな常時接続時に使用するシステムモジュール類=モニター、インターフェース、ユーティリティ、ストレージ、コンテンツなど、レンズ越しに目の前であたかも実在するかのように振る舞う一切合切が重ね合わさっている状態そのものを指してCR(CO:REALITY)=準現実といっている。
 ハードウェア的には埋設型の屋外サーバや、無線サイクルバッテリー、フラレーンカメラ、センシングリブレット、コンソールレンズによって成り立つ仕組みだ。
「技術って進歩したよなあ」
「しみじみ思います」

 続く。

 ブラック・ラグーン 9巻

 はっきり言って、びっくりした。この巻で「ブラックラグーン」という作品がいわゆるゼロ年代=フィクションという「歪さ」をもって青年期の心象を捉える考え方=いわば後付的にその時の「現在の空気」=風俗とはまた違った同時代性、あるいは違和感に接近する/しようと試みるために便宜的に設けられたこの2000年代という括り、において、ものすごく意義深い作品となったから。
 今は時間がないので、ざっと並べよう。

1 ロックの歪んだビルドゥングスの達成について
マージナルな生き物だったロックが、自身で知らぬうちにロアナプラという「今、現在、我々が生きざるを得ない共同体」に自発的に組み込まれたこと。共同体のルールを敷衍して、ある種のギャンブルに到達したのも興味深い。彼の「一方のなれの果て」として、ロアナプラ=共同体を精一杯守護しながら、心底どうでもいいとも思っているスタンスである張が対置されている。

2、ラブレス、ロベルタ、シェーン、バラライカ 共同体と国家。
共同体をあえて社会と言い換えて、仕掛けとしてもややファジーなユルい空間とする。それより機構的でかつ上位的な「仕組み」が国家。アメリカというシステムは、特に個人に色々無理難題を押しつける象徴。米軍のキャラの記号的なやりとり。
また、対義としてソ連があり、これもほぼ同じ扱い。ただし、国家への忠誠、無茶ぶりへの変わらぬ誠意は彼らにおいて、貫かれている。
個人の道議で行動した結果、かつて国を追われたバラライカたち。
個人の道議で行動した結果、今作戦に失敗したシェーンたち。
彼らを亡霊と死者と見なす考え方。
ロベルタもまた、共同体=ラブレス家をあえて離れて誰も得をしない行動をとる。
ラブレスによる救済は、一旦崩れた共同体の再定義を意味する。死者シェーン、ロベルタをもよみがえらせる。
ただし、個人の道議に粛々と従ってみせる反面、シェーンがそれまで従っていた「仕組み」がその後、どうなったかは分からない。恐らく今回救われたロアナプラという街の全景と同じようにオブジェとして変わらないとすれば、つまり、この事態を先回りしたシステムが呆然と残されている。=機構や仕組みへの信任。「全体」への不信と同時に、前提としての巨大なシステムがあくまでも存在する。=個人や共同体だけが変わっていく。自然、個人の心象と、なにより関係性が重視される要因。
「僕たちは悪くないと誰しもが思うから、皆いつまでも争う」とすれば、その解決策として責任を引き受ける=共同体の再構築は、ルルーシュの自害。夜神月への断罪と信仰という仮託とも通ずる。ラブレスの隠遁然とした姿。
 ゼロ年代の終焉=青年期/モラトリアムの終わりともいえる。
 では、以降は?

 「フロム・ヘル」(著:アラン・ムーア、エディ・キャンベル)

 こんな話だったのか!?
 というのも、この作品の原著を持っているからでして、乏しい英語力と辞書片手にページを手繰ってたんですが、「あ・・・ありのままに起こったことを話すぜ。オレは切り裂きジャックの物語を読んでいると思ったら、途中からオベリスクだなんだという単語がずーっと出ずっぱりだ。これはまるで、かつて読んだ黒死館殺人事件の「衒学めいたディテールが何を言っているのか分からない。それが正しいのかも分からない。ていうか、話の筋が骨折しすぎて今、何が起こってるのか分からない」にも等しい恐怖だ。アラン・ムーア恐ろしい子っ・・・」と心をバッキバキに折られて幾年ぶりに触れたからなのです。

  • 感想

アラン・ムーアにとって世界とは何なのだろう?
魔術師である彼にとって、目に見える世界とはびっくりするぐらい薄っぺらい紙のように見えているのではないだろうか。均一的で、不完全で、卑属な。
彼の作品で邦訳されたもののうち、既読のものを挙げてすこし考える。
バットマン:キリングジョーク」に所蔵されるエピソード群や「スポーン:ブラッドフュード」「バイオレーター」はその出来は勿論、素晴らしいものの、あくまでキャラクタを生かした内容で、テクニックが先行することが目立つため、作家性はあまり伺い知れない。
そこで、「リーグオブエクストラオーディナリジェントルメン」や「トップ10」などのオリジナルになってくるとひどく面白い。キャラクタや舞台にすべて来歴が用意されていて、どこからやってきて、どこに向かうからこそ何者で何を為すのかがはっきりしている。
ここでは、登場人物の歴史への指向性というのは感じ取れる。ジキル博士とハイド氏と透明人間だから、こうなるだろう、という深い洞察に基づいた予兆に満ちている故、納得させられる。
もっとも、それを作家性というのかテクニックの集積であるというかは微妙なところだろうけど。
では、エポックなものではどうだろう。
ドン詰まりの冷戦時代、段々と明度を落としていくコミックシーンの中、「ウォッチメン」で彼は、スーパーヒーローを他の数多多くの人と等価な卑小なものとした。正確に9分割されたコマにおいて、ヒーローというキャラクタはそれ自体が主題となるのではなく、主題のために捧げられた供物だった。その捧げられた供物をもって切り出した瞬間に世界の何事かが宿った。コマの一つ一つにある背景に語るべき物語がある。由来がある。
その結果として、暴力を行使し、死と破壊を振りまきながら、無邪気でいたヒーローの凹凸を見せつけてた。だが、それは作者の意に反して、陰惨な暴力という薄っぺらい紙の上で表現された過激な側面だけを際だたせるものともなった。
「Vフォーベンデッタ」では、一人のアナキストが「汝の為すべきことを為せ」として遺した混沌があった。そこでは同じように陰惨な暴力があり、死が当たり前のように転がっている。だが、それはまた生命であり自由であり、誰しもが持つ可能性についても描かれている。
彼の目に見える世界は恐らく薄っぺらなものにすぎない。重要なのはそこに内蔵されているのか、だろう。眠った時、夢に浮かび上がる数多のイメージと断片が時間も空間もなく、複合的にからみあって、いずれインスピレーションに化けるように。
アラン・ムーアにとって世界とは薄っぺらな紙なのだろう。だから、彼は一見して分かる全景をそのまま見るのではなく、その紙でもって、さらに奥を透かして見ようとする。
そして、目を細めたときに窺い知れる陰影であり、細部であり、そこからさらに浮かび上がる複雑怪奇なパターンの集積をもって、自らの表現系としているのではないか。
フロム・ヘル」もまたそんな作品だ。<<歴史にも建造構造があるのかね? 極めて輝かしく、極めて恐ろしい知見だな>><<象徴には力があるのだ、ネトリー>><<シンボルは我らの思考と行為に指令を与えている>>

作中に登場する切り裂きジャックは狂気を飼っている。その狂気は哲学でもある。神学であり、宗教である。実にロマンチックだ。
ジャックは世界の巨大なパズルにぴったり嵌るピースを求めるピルグリムであり、また自ら「ロンドンという土地に縛られている生きながらにしてある意味、すでに霊的な存在だ。
彼をもって、この物語は進行するし、彼によって、この物語は俯瞰されている。
当時の風俗、人物などの事実が本来、我々に過去としてすでに知らされているのと同じように。だが、我々がそれを知らないだけなのだ。そして、ジャックは知っているだけなのかもしれない。
面白いのは、ジャック自身は、「切り裂きジャック騒動」に無関心に見えることだ。周囲の喧噪をよそに粛々と事を為していき、終わればその時が来るのを静かに待つジャック。
精緻なパズルではめ込まれたピースであるという自覚故にピース自身が何も考えないと諦めているようで、それでも全体へと昇華しようと邁進する姿は興味深い。
作中、圧倒的な象徴として告げられる「第四の次元とはなにか?」
そこでは時間も空間もなく、ただただ連続的同時的に一つの線へと収束していく。そして、この一箇の出来事が時間と空間を超えて、波及し、結論づける。
切り裂きジャックにとっての紛れもない天上とは、あるものにとって地獄ですらあるのだと。
彼の彼自らにとって気高い精神の産物が、あるものにとっては唾棄すべき忌まわしいものでしかなかったように。また面白おかしい非日常の出来事でしかなかったように。
こうして彼の肉体と精神は切り取られてプロセスは喪われて、やがて行為と結果だけが遺される。ロンドンに集積され続ける一箇の傷跡として。
この物語は重合的だ。傷跡一個にも無数の意味を持たせられるという意味で。
アラン・ムーアの混沌が、次は何を見せてくれるのかが今から楽しみで仕方がない。

 執事の子、ポニョ

 ぽーにょぽにょぽにょと「崖の上のポニョ」を見たわけですよ。
 で、頭に電波ソングが中毒気味にぐわんぐわん響いていて、「さかなのこ」が「ひつじのこ」になったりして行き着いた先が、執事の子。なんで執事かと問われたので、なんでだろうと考えて、以下にでっちあげてみた。趣味に命を賭けずに如何するの精神で!


 二〇世紀初頭、ドイツ。裕福な商家の子であるオットー(仮名)には幼き頃からの友人がいた。使用人頭の娘であるポニョ。骨っぽくて男勝りな性格をしており、見目も麗しいわけでもないが、まっすぐな瞳をした少女である。それまでの両親のおおらかな教育方針もあって、腕白に育ったオットーだが、12歳の時、父親にこれまでのように家庭教師に師事するのではなく大学入科に向けて、寄宿学校に入るように厳命される。
 ところが散々、ごねてごねた上に家を飛び出したりするオットーにどうしたものかと頭を抱える彼の両親。そこで父親を伴って現れたポニョが一念発起。私がついていきますと申し出る。驚く面々に、私を見て、男の子と見間違う人もいるんです。オットーと小さな頃から一緒に野原を駆け回ってましたし、街の男の子ともよく遊んでいて、彼らの遊びもよく知っていますから。
 しばらく懊悩とするのだが、やがて決意したように、父親が、では頼まれてくれるかと望む。はい、仰せの通りに。では、若様を迎えに行きます。どこにいくのかよく分かってますから。として、家を出て行く。
 それから、数ヶ月後、連れ戻った二人が向かったのは南ドイツのフライブルグ郊外の学校だった。
 寄宿学校は三〇〇人程度の生徒からなり、保養地に近いこともあって大らかな人格が育ってきているのだが、黒い森の冬の陰鬱さがどこかに影を落としてさえいる。
 そこで起こる数々の出来事。大金持ちの息子とオットーとの決闘騒ぎ! 女子であることを偽るポニョに起こる事件とは!?
 そして、巻き起こらんとする戦火の気配。フランスとの国境近くゆえに漂う戦争の予感に震えるオットーとポニョの運命や如何に!?(べんべん


実は第一次世界大戦以降のオットーとポニョのそれぞれの運命のオチまで考えていて、それはまた別の話。

 色々と読んだよ。

独自の3巻ルール*1に従い、購入。
未だに羽見野チカがこれを書く理由をとんと思いつかないのですが、大変いい殺意ですね。(満面の笑顔で)しっくりとして、コクもある。
ハチミツとクローバー」の頃から、あちこちの隙間から仄見えていた「選び、選ばれることの残酷」が、内にも外にも鉛のようなウェイトでのっかっていて、実に読み応えがある。
「リングの上が美しく残酷なほど客は喜ぶ(大意)」というのは、新井英樹のボクシング漫画「SUGER」の言葉ですが、まさにこの作品の主人公に対しても、言い得て妙だと言えるでしょう。 

買っちゃいましたよ。邦訳。1万円で。うわ、アホみてえ。
分かっちゃいるんですよね。多分、今、北米で出ているゲームが評価高いから、そのうち日本にも輸入されるだろうな。
で、こないだから「ダークナイト」で盛り上がって以降、アメコミにちょっと追い風吹いている現状、うまくいけば小プロ辺りが復刊するんじゃないかなって。
でも、それで最悪のシナリオを想定しちゃうんですよね。アメコミの訳本には、ハヤカワと同じぐらい何度も期待を裏切られてるから。
一番最悪なのは、ゲームは日本版販売。で、アーカムアサイラムについて盛り上がる。が、原作は復刊しない。プレミア高騰。っざけんな。ぶっ殺すぞ。
もう、その流れが頭をちらついてしょうがなかったんですよ。ほんと。
感想? まだ読んでねえよ。買ったことがすでに事件だよ。

  • 年間日本SF傑作選「超弦領域」

前年の「虚構機関」が当たりだったので、今年も買う。結果、素晴らしい。どれも珠玉ですが、以下は特に気に入っているもの。

割と今までにない手触り。文体のうねるような感触が減って、硬質な気配。事実のような物語の錯覚が、同じく錯覚のような主人公の人生にかぶさってくるのは、生のベールで包むようで、ここはいつもの調子なんですが、主人公の人生観が明確に主張されていて、ちょっと珍しかった。こうなると俄然、今度出る「バレエ・メカニック」が気になっています。

あのねえ。もうねえ。暴力ですよ。こういうの。マジでマジで。
使い切る気なんてハナっからねえキャラクター紹介とか、もう、ほんとねえ。
だって、キャラの名前の字面を目にした瞬間から分かりましたもん。
あ、DVD使いは出てくるなって。
じゃあその先、誰が出てくるだろうって考えこんだ瞬間、もう作者の勝ちですよ。
まあ、ガンダムの筋はねえな。同じくメイド喫茶、フィギュアの筋もない。当たり前すぎるから。
 紙使いは間違いなく出オチだから、無視するとして、コンピュータ、ゲームは、描写が短編だと取り回し悪くて追いつかないから、これも外し。
じゃあ、コスプレ、同人誌、抱き枕。
ならば、描写の弾けっぷりから歪んだ情熱を感じる抱き枕にBET。花京院の魂を賭けよう。
あ、上記の意味が分からない人はとりあえず読め。そしたら、すぐ分かるから。

  • エア(ジェフ・ライマン

「レインボーズエンド」と「電脳コイル」と続けて、ARを絡めたいわゆる「マンデーンSF」がどんなものか知りたかったので。
 なるほどなーとか。舞台がそうだから余計思うのか、中国の小説で、いくつか思い当たるようなノリ。現実を飛び越えた小道具に、それでも現実性を与えつつ、そこで泥臭く展開する人間模様。状況の効率化をモットーとするSFとは、微妙に文脈にズレがありそう。これ一本で判断せず、他の作家のを読んでみたい。興味深い潮流です。
 

同時期に出た「紫色のクオリア」とは表裏のような作品だと思う。続刊が出る頃に、暇を見つけて、なんか書く。

*1:連載モノは単行本が3巻まで出てから買う

知り合いらと駄弁ってたら、唐突に「AV女優の七海ななとつぼみが好きだが、シャッフルされても判別する自信がない。やつら似すぎじゃねえ?」と言われて、どうでもよすぎて死ねと思った。


A「最近のAV女優は美人ですよねー」
B「そーすね。不景気だからキャバ上がりも多いみたいよ。芸能人崩れも一杯いるだろーしねー」
A「おお、新宿スワン
B「横浜編から大筋の展開がワンパターンだよね、アレ。タルくね?」
C「未だにキワモノ系AVはどこに需要があるのか分からん」
D「清楚美しい睦み合いばっかでも、満たされない人っていうのはいるわけですよ」
C「だからってヤギとファックってどうなの? 冒険なの? でしょでしょって賛同してくれるものなの?」

 ここはAの部屋。座卓に広がるは無限のAV。ゲーム。マンガ。小説。DVD。流れるのは獣姦モノ。受け入れる女優さんに一同、「プロってすげー…」「お金を稼ぐってこういうことなのよね…」とはらはらと流れる涙は、何故。

A「まー、でもさ、二次元エロもさ、正道かつーと、蛇の道ですよね」
B「でも、エロ系の2chまとめサイトも増えてるよ?」
C「エロゲーもエロ重視、ライトプライスなゲームは売れてるよ?」
A「ああー、キミら抜けちゃう人? ヌけちゃうのね。やらしいわ! ビールおかわり!」
B「意味分からん。なんなの?」
C「ほれ、こないだ結婚したAの嫁さんがさ、アレじゃん」
B「あれ? 何? そういや奥さんって会ったことねえな。あ、オレだけ?」
D「うん、オレも結婚式出てたからね。まあ、聞いてびっくりよ。奥さん。がっちがちの日教組のご両親に育てられた教育者さまんなのよ」
B「げ・・・、来たね。来たよ。まさか我らオタク界と教育界をつなぐ救世主が現れるとは。古からの言い伝えは本当じゃったのじゃあ・・・くわばらくわばら」
D「まー、ヤギと人間のブリッジ眼前にしながら言う台詞じゃねーよね」
B「水割りおかわり! さて、ソレで?」
A「うん、でね。僕も寛容的な方じゃない?」
D「ヤギと人間の睦み合いを眺められるぐらいだしな」
A「アニメとかそういうサブカルチャーもね、大好きなのよ。萌えとかイイじゃない? 愛があっていいと思うんだ」
D「ヤギに対する愛情は感じられないけどな」
A「うるせーな、さっきから。ヤギヤギヤギ。てめえそんなにヤギが好きか。マトン喰わせるぞオラ」
D「マトンは羊……」
C「ジンギスカン美味しいよね」
B「こないだ札幌行ったときに食った食った。でも、魚の方が好きだなーカニも良かった」
A「あー、それでこないだの北海道の鮭そぼろか。なんで結婚祝いに送られてきたのか全然わかんなかったんだよ」
B「そそ。なんだよ分からなかったのかよ? 一緒にイクラも送ってたろ? 子だくさんになりますようにってな。ワハハハハ・・・で、何の話でしたかしら」
A「二次元ポルノはどうなのかって話よ」
C「それは道義的に? 制度的に?」
A「じゃあ、道義的に」
C「ああー、ダメだダメだ。そっち方面はVSモラルの対話やってくのに全うに見えて実はデスパレートだから。インモラルはさ一般論として、分かってやってんのよ。じゃあ、合理的合法的にヘッドロックして効率化しないと納得しないって」
D「その辺の手続きに失敗したのが、児童ポルノ絡みの日本ユニセフだね」
B「ガハハ、アグネスちゃんの世界にようこそ」
D「そもそも若き日々、陵辱ゲーを笑いながらプレイしていたA君。あなたが・・・やっぱ結婚って人生の墓場なのか」
A「るせーな」
D「つーか、こないだオレん家で『DEAD SPACE((エレクトロニック・アーツ社の超グロホラーSFゲー。死亡シーンがグロすぎて日本版が発禁扱い)))』やってたじゃん。寄生虫にプレイヤーキャラ首チョンパされて、頭乗っ取られたの見ながらゲラッゲッラ笑ってたよね?」
A「それとこれとは別ですよ」
C「じゃあ、二次元ポルノも別じゃダメなの?」
A「やっぱねー、レイプ物とか陵辱ゲーは考え物ですよ」
D「へい、YOU。それ今頃言い出すと、昔、援助交際やってて、規制強化されたから「やっぱ未成年と淫行しちゃダメですよ! 日本の未来のために!」って言うモラリストぐらい胡散臭いっすよ。あーちなみにコレウチの上司ね。KO出のボンボンなんだけどさ、酒飲んでてポロっとそんなことこぼしやがってさ。そのうち挽肉にしてやろうと思ってんだけど」
C「なー、無理すんなよ。でもさ、性癖って、ケッコーバレないもんなんだぜぃ? オレの知り合いもさ、SM趣味を上手く隠しつつ、家庭で良きパパ良き夫やってっから。大丈夫俺らはバラさないから、てめえが外道だってことはさ。知ってるから。ここじゃ気兼ねなく、やっていいんだぜ。人間はさ、たまに息も抜かないとやってらんねえだろ?」
B「そうさ。信じろよ」
D「友達じゃないか」
C「だろ?」
A「お前ら・・・」

そして、今まさに絶頂に逝かんとするヤギの前で、四人の男が友情を固める夏の短い夜が更けていく。

(つづく